6月 緑陰の見沼代用水から伊興の寺町へ

   6月8日(金)初夏の見学会には会員9名一般7名の計16名が参加しました。

    コンピュータ制御による自動運転で運転士なしで運行されている、日暮里舎人ライナーの終点「見沼代親水公園」駅から散策をスタートしました。

  見沼代親水公園でふわふわのコガモ達(かなり小さい)すわ迷子?との心配をよそに、親ガモは少し先で日向ぼっこをしたり水に潜って楽しそうにしていました。

 見沼代用水は、享保の改革でさいたま市の広大な見沼を干拓して新田開発が行われた際に代用として引かれた農業用水路でした。


 舎人諏訪神社に参拝してから、足立区内最古の氷川神社とされる、伊興氷川神社へ。

  付近一帯は古代遺跡の集積地で、弥生式土器、土師器、須恵器、住居跡、などなどが沢山出土されており、伊興遺跡といわれる埋蔵文化財包蔵地を形成しています。

伊興遺跡公園

  関東大震災で消失したお寺が幾つもこの地に移転して、閑静な寺町を形成しています。


 易行院

 戦国時代に草創され浅草山谷町にあった易行院も関東大震災で移転してきました。吉原を舞台にした歌舞伎狂言「助六由縁江戸桜」でおなじみの侠客花川戸助六と愛人の揚巻の比翼塚や、七代目市川団十郎が建てた助六の塚の碑があり、助六寺ともよばれています。

 易行院は落語家の先代三遊亭圓楽の実家でその長男が住職を務めています。「笑点」のメンバーや司会を長くつとめた圓楽は実家の過去帳から史実に基づいて人情噺「助六伝」を創作しました。

 ご実家なだけあって、大変立派な圓楽師匠の墓。

 常福寺には初代林家三平と父の7代目林家正蔵の墓所である「海老名家之墓」がありました。こちらはちょっと小さめ。お酒が供えてありました。

可愛いお地蔵さま。

十六人羅漢

ひとつひとつお顔が違っていて味わい深かったです。

などなど、東陽寺、法受寺、白旗塚古墳、東岳寺などをめぐって散策しました。

日本通

わくわくする楽しさで歴史にアプローチ! 日本人とは何か……。 日本通の主宰する『わくわく歴史塾』では、この問いかけを携えて、 先人たちの生きる姿や歴史を身近に引き寄せます。 そこから生きる知恵や勇気を獲得し、これからの国際社会の一員として、 日本人の姿を見つめ直していく歴史講座を毎月開講中です。

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